2022/09/15

【先行レビュー】ミスリードと衝撃の連続!『刑事シンクレア シャーウッドの事件』はあまりにも脚本が秀逸だった

2022年6月にBBC Oneで放送されるやいなやメディアから大絶賛された最新英国ミステリーがAXNミステリーにて日本初放送!一つの殺人事件をきっかけに緊張感が高まる小さな町を舞台に、二人のベテラン刑事が捜査に挑む本格ミステリー『刑事シンクレア シャーウッドの事件』。一足先に本編を視聴し、まんまとミスリードにハマり、各エピソードのラスト10分で毎回唖然とさせられた筆者が、本作の魅力をご紹介します。

【あらすじ】

  ロビン・フッドの伝説が残る小さな街ノッティンガムシャーで起きた一件の殺人事件。元炭鉱労働者だった男が”矢”によって射殺される、という凄惨な事件は田舎町に大きなショックをもたらした。住民たちの緊張を解きつつ殺人犯を追う地元の警視正シンクレアは事件の捜査資料をロンドン警視庁に要請する。ところが、ノッティンガムシャー警察に現れたのは一人の刑事、ソールズベリー警部補だった。

どこかぎこちなく、足並みがそろわぬままに捜査を進めるシンクレアとソールズベリー  。
しかし二人の捜査によって新たな糸口が見つかるたびに、なぜかそれは40年近く前にこの町で起きた悲劇につながるのだった  。サッチャー政権下で起きた炭鉱労働者たちによる一大ストライキに端を発したその事件は、今もなお住民たちの心に暗い影を落とし、二人の刑事たちにとっても決して忘れることのできない因縁の出来事でもあった。シャーウッドの森に潜み、住民を震え上がらせる殺人犯の目的とは…?

【キーワードは1984年と「スト破り」】

  ドラマの冒頭、「作者が育った集落で起きた2つの殺人事件に着想を得ています」という表示がでます。本作の脚本を手掛けているのは、数々の映画賞を受賞した映画『僕と世界の方程式』(2014)の脚本家ジェームズ・グラハム。彼の育ったノッティンガムシャーの集落で実際に起きた殺人事件に着想を得て、製作されました。

スマートフォンも薄型PCも当たり前。コンビニに入れば電子決済で買い物ができる現代のイギリスが舞台の本作ですが、ドラマの冒頭から最後に至るまで、一貫して過去のとある年代との関連性が強調されます。

それが、1984年。ジョージ・オーウェルの小説…ではなく、サッチャー政権のイギリスで起きた炭鉱労働者たちによる大規模なストライキが盛んにおこなわれた年代です。一方的な炭鉱の閉鎖や労働者の大量解雇に端を発した大規模なストライキは、イギリスの社会全体を大きく揺るがす問題となりました。

ドラマの中で起きたのは、現代において一人の人間が別の人間を殺害した殺人事件に過ぎません。しかし、物語が進めば進むほどに、登場人物の誰もが”1984年”を無視できなくなっていきます。現代を生きる多くの人にとっては過ぎ去った話であり、ただの西暦以外の意味を持たない数字ですが、物語に登場する人々にとっては、怒り、失望、悲しみといった感情をいつでも昨日のことのように感じさせられるキーワードなのです。

過去の記憶や体験に紐づけられる目には見えない感情の揺らぎや緊張感、というものはなかなか文字化しづらく、表現が難しいと思うのですが、ドラマの中ではとても巧妙に落とし込まれています。


それを如実に表すのが、ドラマの中で何度も登場する「スト破り」という言葉です。
若い警察官たちにとっては、この単語がこの町で口に出されたとき、なぜ住民たちが動揺するのか理解できません。しかし、1984年にすでに巡査だったシンクレアとソールズベリーは、その言葉が飛び交う場所ではかならずといっていいほど争いが起きることを身をもって知っています。

「スト破り」。それは、労働者同士の固く結ばれた横のつながりがなければ意味をなさないストライキにおいて、その活動に参加しなかった人々のことを指します。家族の問題、経済的事情、あるいはすでにより良い条件での未来を約束されていたから?彼らがどんな理由で参加しなかったのかは定かではありませんが、現実として、労働者たちのストライキは成功を収めることができず、イギリスの労使の関係はそれまでの歴史から大きく方向転換することとなります。つまり、あの時最後までストライキを続けてきた側の人々にとっては、「参加しなかった」だけでも怒りの矛先を向ける相手にとって不足なし…ということに。

ストライキに参加した側と参加しなかった側。40年前に町を大きく二分したこの構図が、一件の殺人事件をきっかけに再び可視化されることになります。

あなたは「どうしてそんなに前のことを?」と不思議に思うでしょうか?自分の父や祖父の代で起きたこと、と考えれば「今と地続きの問題で、まだ終わっていない」と感じるでしょうか?
このドラマをより深いところまで紐解きたいと感じたときには、このふとした時に自分が感じる、さりげない認識について思いを馳せてみるといいかもしれません。

【バディものとしての魅力】

  そんな社会派ミステリーである本作ですが、バディものとしての魅力もばっちりです。
主人公であるイアン・シンクレアは、事件が起きた町ノッティンガムシャーで生まれ育った刑事。順調にキャリアを重ね、警視正にまで上り詰めました。地元住民の誰もが彼のことを若い時から知っており、郊外に愛する妻と暮らしています。演じているのは、『ウォーキング・デッド』や『刑事トム・ソーン』で知られるデヴィッド・モリッシーです。
そして、そんなシンクレアの捜査を手伝うべくロンドン警視庁から派遣されたのが警部補ケヴィン・ソールズベリー。警部への昇進試験に二度も落ちてしまい、妻とも別居中。身ぎれいにすることも忘れて息子の家に居候する生活を送る彼ですが、鋭い勘や捜査の腕に問題があるわけではないため、シンクレアの下へやってきた後も積極的に捜査に参加します。そんなソールズベリーを演じるのは『華麗なるペテン師たち』でおなじみロバート・グレニスターです。

さて、一見すると私生活でもキャリアの面でも正反対に見えるこの二人。しかし、そんな二人を結びつけるのもまた「1984年」なのです。まだ若い巡査だった二人がはじめて出会い、そしてその後の二人の運命を大きく変えることとなったとある事件。眠っていた過去を呼び起こすようなひとつの殺人事件をきっかけに、二度と顔を合わせることなどないはずだった二人の刑事が、再び因縁の地ノッティンガムシャーに呼び寄せられることに。


とはいえ、二人はもう勤続30年以上のベテラン刑事。殺人犯の逮捕という揺るがない目的のために、警官として培ってきた知識や経験、気遣いスキルなどをフル活用して事件の捜査に当たります。

正直な話、シンクレアからすればロンドン警視庁からやってきたベテラン刑事なんて面倒ごと以外のなにものでもありません。一日に何件も殺人事件が起きるような大都会とは異なり、殺人事件そのものが滅多に起きないこの小さな町では、どんな捜査も慎重に行わなければならないのです。ささいなことでも住民たちの間にパニックが広がってしまう要因になってしまいます  から…。
意外にもソールズベリーはそこをちゃんと理解しているので、あくまでもシンクレアのサポートに徹する姿勢を崩しません。シンクレアからどんな無茶ぶりをされても、彼は二つ返事でOKします。
ことあるごとに30年以上前の事件との関わりが示唆される捜査において、当時を知っている者にしか分からないことも多く、シンクレアは時に若い刑事たちよりもソールズベリーの意見を頼りにすることも。

しかし、浅からぬ因縁を持つもの同士。少しずつ小さな信頼を積み重ねても、それをあっさり蹴り崩すような口喧嘩に発展してしまい、一歩進んでは半歩下がる、を繰り返していきます。それは、どんなに今現在を平穏なものにしようとしても、過去が追い付いてきたときには水泡に帰してしまう…というドラマそのものの空気をなぞっているようにも思えます。

その一方で、過去を変えることなど誰にもできない以上、何十年も痛みを引きずり、自分の古傷が開く度に、誰かにも血を流してもらわなければ気が済まない…なんて状況はもうやめにしませんか、というドラマの製作側からのメッセージも感じるのです。

【その時代、その場所に生きた人にしか分からない複雑な感情を見事に描き切った本格ミステリー】

  実際に起きた二つの事件に着想を得て製作された本作。ドラマ本編でも、刑事たちが追求するべき殺人事件は2件しか起きていません。一話完結もののドラマだったら一時間で解決です。

しかし、このドラマにおいては違います。彼らの事件捜査は、あくまでも野放しになった殺人犯を捕まえるため。ですが、捜査を進めていくと必ず「この先は通行止めですよ」といわんばかりにいくつもの障害が二人の刑事たちの前に立ちはだかることに  。

殺人事件の捜査の名の下には、多くの秘密が芋づる式  に明らかになるものですが、目の前の殺人犯だけ追いかけるのであれば必要ない情報もあります。それゆえにシンクレアは署長から苦言を呈され、ソールズベリーはロンドンの上司から渋い顔をされてしまうのですが…。それでもシンクレアが止まらないのには、そしてソールズベリーもまた彼に協力するのには、単なる好奇心以上の理由があります。彼らもまたその隠された真相のために人生を大きく変えられてしまった人間の一人だからです。
1984年のあの出来事がなければ、今の自分とは大きくかけ離れた人生だったにちがいない。そう思うからこそ、シンクレアはすべての隠されたことが明らかになるまで捜査を止めることができません。

ドラマでは、事件によってこの1984年の出来事がまるで昨日のことのように思い出される中、もう過去のこととして水に流している人、埋めたままにしておきたいと願っている人、そして爆発寸前の火薬を抱えるようにいつでも怒りを抱いている人…とさまざまな感情を持ちながら生活する人々が登場し、否が応でも己の、そして他人の感情に向き合うことになります。

殺人犯がうろついているという事実に戦々恐々としながら、積もり積もった約40年分の感情がぶつかり合う小さな町。わざと傷口にメスを入れて悪い膿を出させるように、衝突しなければ状況は改善しないと思う人もいれば、取り返しのつかないほどの怒りが爆発することを避けるために触れない方がいいと思う人もいて、そのどちらが正しいのかはもはや誰にもわかりません。

しかし、一つだけ間違いのないことがあるとするならば、過去に戻ってやり直すことはできないということ  。世界で戦えるレベルにまでイギリスの経済を成長させたいと願った政治家たちによって石炭業に従事する人々の生活は大きく変化しました。誰しもが自分と家族の生活と、自分の主義とを天秤にかけなければならなかったときに、誰が味方で、誰が敵か、という二極論的な話に発展しやすいのは想像に難くありません。そして、ドラマの中の人々は、良くも悪くも自分のしたことを忘れてはいないのです。
「前に進まなければ」と口にするのは簡単ですが、当事者であればあるほどあまりにも難しい問題でしょう。

このドラマは、そんな複雑で言葉にしづらい当事者の感情を見事に描いたことで社会派なストーリーに仕上げた一方、各エピソードで巧妙にミスリードを誘うミステリーとしても非常に完成度の高い作品でした。
登場人物を丁寧に描き、緻密に練り上げられた謎解きを楽しみたい方は必見のミステリードラマだと思います。気になる方はぜひ、チェックしてみてください。

 

[文:瀧脇まる(うりまる)]

 

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