2022/07/07

BBCドラマ『SHERLOCK シャーロック』元ネタ解説

ホームズ研究家 北原尚彦

BBCドラマ『SHERLOCK シャーロック』は、アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ・シリーズを現代化したもの。ホームズ=探偵のモチーフだけ使った現代ミステリ・ドラマかと思いきや、開幕早々に語られざる事件のネタが提示され、シャーロッキアンの度肝を抜いた。ジェレミー・ブレット主演のグラナダ版ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』が原作(ホームズ好き=シャーロッキアンが呼ぶところの「正典」)のイメージそのままに作られ、その後のホームズ・ドラマはハードルが高くなったが、『SHERLOCKシャーロック』は予想外の方向からそれを乗り越えてしまったのだ。大人気となったこのドラマの元ネタを、ここではエピソードごとに解説していくことにしよう。

 

■シーズン1 第1話「ピンク色の研究」

原作の第一作『緋色の研究』が元ネタ。『緋色の研究』ではホームズとワトソンの出会いが語られるが、それを現代化した形で描かれる。アフガンでの戦争から帰還した軍医だが、なんと現代でもそれが通用してしまうのだった。原作では怪我の位置が肩か脚かはっきりしないが、ジョンは肩を負傷してPTSDで脚を引きずっている、という設定。
シャーロックにジョンを紹介する人物名がスタンフォードであること、出会いの場がセント・バーソロミュー病院であること、シャーロックが死体を叩いていること、ジョンがアフガン帰りだと指摘すること、下宿がベイカー街221Bであることなど、いずれも原作そのまま。後半、犯人による毒薬の用い方も、ほぼ原作を踏襲している。
『緋色の研究』は他の原作に比べて映像化率が低く、ホームズとの出会いも意外と映像化例が少ない。グラナダ版でも『緋色の研究』はドラマ化されておらず、ホームズとは既に同居しているところから描かれるのだった。

Colin Hutton © Hartswood Films 2010

■シーズン1 第2話「死を呼ぶ暗号」

はっきりした原作はないが、暗号がモチーフであるところは「踊る人形」や『恐怖の谷』の要素を使っている。東洋から来たものが災いをもたらす、という側面は『四つの署名』からだろう(特に東洋から持ち帰られた貴重品が絡むところ、それが復讐につながるところなど)。
またシャーロックがホームレスやストリートキッズを協力者としているのは、ホームズが街の浮浪児をベイカー街イレギュラーズとして使っていたところの現代化だ。
『恐怖の谷』はグラナダ版にはないが、「踊る人形」は映像化されているので、ホームズの暗号解読を楽しんで頂きたい。また『四つの署名』のグラナダ版「四人の署名」は長篇ドラマとなっており、その犯人は『SHERLOCK シャーロック』後半の作品でもちらっと使われているので、是非観ておいて欲しい。

John Rogers © Hartswood Films 2010

■シーズン1 第3話「大いなるゲーム」

シャーロックの追う事件と、マイクロフトに依頼される事件。それが最終的につながっていくのだが、後者は「ブルース・パーティントン設計書」が元ネタ。原作では「潜水艦」の設計書ということになっていたが、本作では「ミサイル防衛システム」という具合に現代化された。
ラストの対決のシーンがプールという「水のある場所」であったり、スナイパーに狙われていたりと、シーズン2第3話「ライヘンバッハ・ヒーロー」の元ネタ「最後の事件」も既にモチーフとして用いられている。

Colin Hutton © Hartswood Films 2010

■シーズン2 第1話「ベルグレービアの醜聞」

「ボヘミアの醜聞」が元ネタ。元オペラ歌手のアイリーン・アドラーがSMの女王様になっている。アイリーンのところにある写真を奪って欲しいという依頼、殴られたふりをしてアイリーンの家へ入り込む手法、煙で火災を装い写真のありかを探り出す作戦などは、概ね原作通り。写真はプリントされたものではなく、画像を納めたスマホへと現代化されている。アイリーンとモリアーティのつながりなどは、本作でのオリジナル。

Colin Hutton © Hartswood Films 2012

■シーズン2 第2話「バスカヴィルの犬(ハウンド)」

人気長篇『バスカヴィル家の犬』が元ネタ。舞台がダートムアであることや魔犬伝説、ヘンリーやフランクランドやステイプルトンやバリモアなどキャラクターの名前は原作に由来する。原作ではバスカヴィル家の執事が光で信号を送っているが、本篇ではジョンが光の信号らしきものに気づくものの実は……というギャグめいた使われ方をしている。

Colin Hutton © Hartswood Films 2012

■シーズン2 第3話「ライヘンバッハ・ヒーロー」

「最後の事件」が元ネタ。モリアーティとの対決であり、最後が「落下」であるところなどが原作そのまま。ただし落下場所はライヘンバッハの滝ではなく、ホームズとの出会いの場所であるセント・バーソロミュー病院になっている。
シャーロッキアンにはこのラストは予想がついたが、原作未読の視聴者にはかなりの衝撃を与えたようだ。

Colin Hutton © Hartswood Films 2012

■シーズン3 第1話「空(から)の霊柩車」

シャーロックが帰還する本篇は、もちろんホームズの帰還が描かれた「空き家の冒険」が元ネタ。原作では生きていたホームズを見たワトソンは失神するが、本篇ではジョンが怒り狂ってシャーロックを殴る。登場するモラン卿は、原作ではモラン大佐。
後半で出てくる鉄道のネタは、ホームズ正典ではなく「経外典」と呼ばれるコナン・ドイル作品のひとつ「消えた臨時列車」が元になっている。
グラナダ版は、「空き家の怪事件」からワトソン役の俳優がデビッド・バークからエドワード・ハードウィックに交代する。

Robert Viglasky © Hartswood Films 2013

■シーズン3 第2話「三の兆候」

『四つの署名』が元ネタ。原作では依頼人メアリーが出会って最終的に婚約するが、本作ではジョンとメアリーの結婚式を中心に展開される。結婚式でのシャーロックのスピーチには、細かいネタが幾つも詰め込まれている。
グラナダ版の『四人の署名』では、ホームズとの関係性を維持するためか、とメアリーの恋愛は描かれなかった。

Robert Viglasky © Hartswood Films 2013

■シーズン3 第3話「最後の誓い」

「恐喝王ミルヴァートン」が元ネタ。悪役の名が原作のチャールズ・オーガスタス・ミルヴァートンを少し変えて、チャールズ・アウグストゥス・マグヌセンとなっている。手紙などをネタに被害者を恐喝する悪党、というところは原作の通り。マグヌセンの住む建物アップルドアも、ミルヴァートンの屋敷の名から。
冒頭、ジョンがジャンキーの溜まり場へ行くくだりは「唇のねじれた男」のエピソードを流用。またビリー・ウィギンズというキャラクターの名は、原作における給仕少年ビリーとイレギュラーズのリーダー・ウィギンズを合体させたもの。
「恐喝王ミルヴァートン」のグラナダ版「犯人は二人」は、話をふくらませて長篇化されている。

Robert Viglasky © Hartswood Films 2013

■シーズン4 第1話「六つのサッチャー」

「六つのナポレオン」が元ネタ。ナポレオンからサッチャーへと現代化されているが、胸像が連続して割られる不思議な事件が続いて……というモチーフは原作通り。登場人物の女性モリー・ハーカーは、原作ではホレース・ハーカーという男性。
USBメモリに記された「アグラ」の名は、『四つの署名』に出てくるインドの地名アグラから。またシャーロックが追跡に使う犬の名前「トビー」も、『四つの署名』に登場する犬の名前からである。

©Hartswood Films 2016

■シーズン4 第2話「臥せる探偵」

「瀕死の探偵」が元ネタ。シャーロックの健康状態が悪化しているため、ハドソン夫人がジョンのところへ急行する……というところは原作そのまま(本篇での「急行」ぶりが、また痛快なのだが)。
カルヴァートン・スミスは原作では農園主だが、本篇では慈善活動を行なう実業家になっている。

©Hartswood Films 2016

■シーズン4 第3話「最後の問題」

原題はシーズン2第3話「ライヘンバッハ・ヒーロー」の元ネタと同じ「The Final Problem」。ここまでちらちらと出てきた「シェリンフォード」が人名ではなく場所の名前と判明する。シェリンフォードとは元々、コナン・ドイルが『緋色の研究』を書き上げる前にホームズに与えていたファースト・ネームである。登場する館の名前は「マスグレイヴ家の儀式書」より。
ラストシーンの地名が「ラスボーン・プレイス」になっているのは、ホームズ役者ベイジル・ラスボーンへのオマージュである。

©Hartswood Films 2016

その他、『SHERLOCK シャーロック』特別篇「忌まわしき花嫁」は「マスグレイヴ家の儀式書」中で触れられている「語られざる事件」に基づいているし、ここでは触れきれなかったネタも多数ある。
コナン・ドイルによるホームズ原作を読んだり、グラナダ版ホームズを観てから改めて『SHERLOCK シャーロック』を鑑賞すると、楽しみがぐんと増えること間違いなしである。

【放送情報】
ミステリーチャンネルで放送!
SHERLOCK シャーロック(シーズン1~4)
字幕版:12月4日(月)夜10:00スタート~21(木)

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