2025/12/19

【イベントレポート】ミステリーチャンネル倶楽部企画 英国ドラマでもおなじみ「アール・デコ」の魅力に迫るトークイベント<講師:英国文化研究家 小関由美さん>に行ってきました!

アガサ・クリスティーが活躍した時代に流行した装飾様式「アール・デコ」の魅力を深掘りするトークイベントが、12月16日(火)に開催されました。イギリス文化研究家として数々の書籍を出版されている小関由美先生を講師にお招きし、東京・池袋にある重要文化財である自由学園明日館で行われた本イベントの模様をお届けします!

【女学校として始まり、人の営みを見守る文化財へ】ガイドさんと巡る自由学園明日館ツアー

今回のイベントはまず、自由学園明日館のツアーからスタート。自由学園明日館は、羽仁もと子・羽仁吉一夫妻によって1921年に女学校として開校されました。羽仁もと子といえば、婦人之友社の創立者にして、家計簿の考案者としても知られており、まさにこの明日館のすぐ向かいには婦人之友社の本社があります。

開校した年には26名の生徒が入学してきましたが、その3年後には移転計画が立ち上がるほどに生徒の入学希望が後を絶たなかったそう。帝国ホテルの設計をしたことで知られるアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトとその弟子である遠藤新によって設計された校舎は、芝生が美しい校庭を囲むように「コ」の字で配置され、全体的に低い高さで統一されています。クリーム色の外壁に、深緑色の屋根という外観は、あえて色調を抑えることによって、季節の変化をよりいっそう感じられるのだとか。

中央棟のホールには印象的な壁画があり、『出エジプト記』の一節が描かれています。自由学園10周年を記念して当時の在校生によって制作されたというこのフレスコ画は、長らく漆喰によって壁に塗りこめられていたのだとか。1997年に重要文化財に指定されたのち、さまざまな保存修復工事が行われる中で再発見されました。

ホールにある暖炉もライトによる設計で、「団らんの象徴」として建物の真ん中に、と意識されておかれたこの暖炉は、現在でも冬季には火がともされるそう。薪がはぜる音を聞きながら炎が揺らめく様子に見入るお客さんでホールはまさに「団らん」の言葉がふさわしい空間になるのだとか。

国の重要文化財に指定されている明日館は、建物見学ができると共に、施設の貸出をしており、年間1000ほどのイベントが開催されています。人の出入りが多い状態というのは、管理する立場の人にとっては苦労も多そうですが…これは「使いながら保存する」という姿勢によるもの。かつて「学生たちのための学校」としてスタートしたこの場所は、学校としての役割を別の建物に譲った後もなお、人々の営みに寄り添ってきた過去を現在、そして未来へとつなぐために運営されています。


(館内ツアーの後には紅茶と洋菓子をいただくひと時も。身体を温めながらイギリス文化に思いを馳せます)

【アール・デコとは?】その歴史とデザインの特徴について

さて、館内ツアーを終えたのちは、小関先生によるトークイベントへ。英国文化研究家として文筆業の傍ら、アンティークビジネス「Bebe’s Antiques」を経営されている小関先生。「アール・デコが異常に好きなんです」と力強く宣言した先生に会場が温かい笑いに包まれながらイベントはスタートしました。

1925年パリで開催された現代産業装飾芸術国際博覧会(通称:アール・デコ展)にて発表されたものが「アール・デコ様式」として流行。ヨーロッパを中心に始まった「新しい芸術」である「アール・ヌーボー」が、曲線の組み合わせによって植物や昆虫など有機的で芸術性の高いデザインを生み出したことに対し、オレンジや黄色などハッキリした色を使い、直線や幾何学模様を用いた工業的なデザインが「アール・デコ」とされます。英国リバティ社が誇る繊細なデザインの「リバティプリント」や、建築家であり芸術家でもあったチャールズ・レニー・マッキントッシュに代表される「スコティッシュ・アールヌーボー」など、イギリスにも「アール・ヌーボー」が流行していた時期があります。

その後、時代は手工業から工業化製品の時代に移り変わり、職人による芸術性が重視される「アール・ヌーボー」に代わって、大量生産が可能な「アール・デコ」が流行します。加えて第一次世界大戦によって男性が激減。女性の社会進出が加速し、女性デザイナーココ・シャネルの登場に代表されるように働く女性のためのデザインも数多く登場しました。


(「アール・デコ」への熱き愛を語る小関先生)

【時代はドル優位に】アメリカン アール・デコの魅力

第一次世界大戦を経て、ヨーロッパの多くの国が疲弊する中台頭してきたのはアメリカです。この時代、多くのアメリカ人がパリやコートダジュールで過ごす姿が見られるように。アメリカでは、トーキー映画「ジャズ・シンガー」(1927)』が大ヒットを記録したことからもわかるようにジャズが広く親しまれていましたが、アメリカ人歌手ジョセフィン・ベーカーがパリの舞台に立ったことをきっかけに、ヨーロッパでもジャズが流行し始めます。そして、ジャズの流行に合わせて、黒人をモチーフにしたデザインが多く流通するようになりました。ちなみに小関先生は本作で主演を務めたアル・ジョンスンが大好きで、今では貴重なレコードやカセットテープを取り寄せるほどなのだとか!

【小関先生とアール・デコの出会い】

そんな小関先生と「アール・デコ」の出会いは、ロンドン在住中にルームメイトのお仕事(陶磁器の買い付け)を手伝ったことがきっかけだったそう。この時探し求めていたのはイギリスの女性陶磁器デザイナー、スージー・クーパーの作品で、カップやお皿に押されたバックスタンプのデザインの変遷を見ることで、その作品が作られた年代がわかるのだとか。目利きへの道の第一歩!…となるかもしれません。

ロンドンでは「アール・デコ」様式を含むデザインやアンティークを取り扱う「アートデコ・フェア」が定期的に開催されており、小関先生もよく買い付けに行かれるのだとか。小関先生は、千代田区・神田のお生まれ。関東大震災の後に多くの建物が当時の流行であった「アール・デコ」様式を取り入れて立て直された町で育ったため、幼少期の記憶に残る神田の町並みと共通するものを、ロンドンのアンティークに見出したそうです。今でも、建物の上の方には当時の様式が残っているものもあるらしいので、神田の古書店街を訪れた際にはぜひ見上げてみてください。

イギリスの「アール・デコ」期とは、最盛期だったヴィクトリア朝から緩やかに斜陽の時を迎えたイギリスの上流階級が、アメリカの勢いに押されながらもプライドを保とうとした時代だった、とする小関先生。ロンドンの高級ホテル「クラリッジス」の玄関ホールの優美さや、ロンドンの「アートデコ・フェア」に並ぶアンティークの数々からも、その奮闘ぶりがうかがえるそう。「アール・ヌーボー」と「アール・デコ」の両方で活躍したフランスのジュエリー・デザイナー兼ガラス職人ルネ・ラリックのガラスボウルや、当時流行した「バーリー・シュガー・ツイスト」のモチーフ(大麦が縦に連なるデザイン)を使ったケーキスタンドなど、当時の生活に欠かせない品物の多くに、「アール・デコ」は息づいています。


(生活の端々を彩る優美なデザインたち。かつてのイギリスの家の中を華やかにしていたことでしょう)

【英国ドラマにみるアール・デコ】「名探偵ポワロ」と「ダウントン・アビー」

ミステリーチャンネルが大好きで、「名探偵ポワロ」も「主人と一緒に何度見たかわからないくらい好きです」と笑顔で話す小関先生。視聴する時には、ぜひ画面の中に映る食器や建物にも注目してもらいたいそう。

特にポワロの事務所兼自宅のシーンには、スージー・クーパーのカップ&ソーサー(ポワロがよく薬草茶を楽しんでいる)や、イギリスの「アール・デコ」の女王と称されるクラリス・クリフのオレンジ色の花瓶が映るシーンも。手描きのデザインが特徴的で、花モチーフの「クロッカス」シリーズが有名なクラリス・クリフは活動時期が短く作品数も少ないため、コレクターの間でも芸術的素養が高いアーティストとして評価されているそうです。そのほか、ポワロの住むホワイトヘブン・マンションのような曲線を意識した建物や、インテリアとして愛されたブロンズ像、登場する女性たちのファッションにも「アール・デコ」が反映されています。小関先生いわく、ドラマ版のポワロには欠かせないミス・レモンのあの特徴的な服装や髪型は、まさに「アール・デコ」の最先端だそうですよ!

1912年のタイタニック号沈没事件から始まる「ダウントン・アビー」もお気に入りの作品だと話す小関先生。イギリス最後の美しい時代とされる「ベル・エポック」から始まり、旧態依然とした貴族の暮らしに、現代の波が押し寄せていく物語であり、史実をうまく取り入れたフィクションとして楽しんでいるそうです。シーズン1では前の時代の名残でエレガントな服装が中心だった登場人物たちも、ドラマの時代に合わせてドレスや使用人の制服にも変化が表れているそう。とあるエピソードでは、グランサム伯爵家の娘の一人が青いパンツルックのドレスを身にまとい、ほかの姉妹を驚かせているシーンが登場。当時貴族の女性がパンツスタイルなんてありえない、という常識が浸透していたことがよく分かるシーンです。このほか、ラジオや車の登場、電気の普及など、ドラマの中で描かれる生活シーンに注目すると、より一層楽しみが広がりそうですね。

小関先生のおすすめのポイントは、アップステアーズ(上流階級)とダウンステアーズ(使用人)の人間関係を中心に描いているところ。使用人たちが雇用主のことをあれこれ話す姿に、「雇用の関係ではあれど人間としては平等であるという、イギリス人らしい気質」を感じた小関先生。

アメリカから巨万の富をもって嫁いできた現伯爵夫人と、生まれたときからイギリスの貴族社会に身を置く旧伯爵夫人という嫁姑問題も注目ポイントだそう。そんな小関先生のお気に入りはもちろん、マギー・スミス演じる伯爵夫人。イギリスの貴族社会を象徴する存在である彼女が、シーズンを重ねるごとに、価値観を変化させていく姿から目が離せないそうです。

また、「アール・デコ」期のジュエリーについてのトークパートでは、アンティークサロン「アンティークス ヴィオレッタ」のオーナー、青山櫻さんが登壇。まさにこの「ダウントン・アビー」が小関先生との出会いのきっかけだったという青山さん。この時代に新たに登場したプラチナによって、白と黒のみというスタイリッシュなデザインのジュエリーが生まれたり、「アール・デコ展」での明言されていない「縛り」であった異文化のデザインを取り入れるというルールによって、大胆な色調と宝石のカットによるインド風のデザインのジュエリーが流行したりと、この時代ならではの宝飾品について語ってくださいました。ドラマの成功によって、シーズンを経るごとに登場人物の宝飾品が豪華になっていくという、専門家ならではの鋭い視点を交えてのトークに会場からは笑いがこぼれました。


(本日のお召し物も「アール・デコ」を意識したコーディネートだそうです。華やかでありながら機能的!)

英国文化研究家として、アフタヌーンティーについての書籍も出版されている小関先生。アガサ・クリスティーの「バートラム・ホテルにて」のモデルの一つとなったホテル「ブラウンズ」のアフタヌーンティーを紹介したのち、話題はクリスティーが活躍した当時の伝統的なお菓子シードケーキに。


(©誠文堂新光社)

シードケーキといえば、ジョーン・ヒクソンが主演を務める「ミス・マープル」の「バートラム・ホテルにて」に印象的なシーンがありますよね。老年の給仕とミス・マープルの会話の中で、「お客様、シードケーキはいかがですか?」「本物のシードケーキかしら」「ええ、もちろんです」というわずかなやり取りが登場します。ミス・マープルの質問に対して、明らかに給仕の男性は意味が分かっているという風にうなずいてケーキを取り分けていきます。そのくらい、当時のイギリスでは伝統的なお菓子だったのでしょう(そしておそらくは伝統的でないシードケーキが増えてきていた)。そんなお菓子が、日本人のパティシエの手によって再び身近な存在として親しまれるようになったということは、本当にすごいことだと思います。

最後に

今回は、20世紀初頭の世界を彩ったデザイン様式「アール・デコ」について深掘りできるイベントとなりました。今から100年以上前に建設され、関東大震災と東京大空襲を奇跡的に生き延びて現存する自由学園明日館は、創立者と建築家たちが込めた思いの数々を継承し、建物として生かすことと文化財としての保護の両立という道を模索し続ける場所でした。そして、国籍問わず多くのミステリーファンにとってなじみ深い、20世紀初頭のイギリスで大流行した「アール・デコ」についての学びを深めることで、作品の楽しみ方の幅が一気に広がったと思います。皆さんも次の「名探偵ポワロ」の視聴の際には、カップ&ソーサーと花瓶に注目してみてください!

(文:うりまる)

【ミステリーチャンネル放送情報】

●アガサ・クリスティー ゼロ時間へ(全3話)【年間特集 世界のベストセラー推理小説 第11弾】
字幕版:12/21(日)夕方4:00 一挙放送

BBCが新たにおくる“ミステリーの女王”アガサ・クリスティーの小説「ゼロ時間へ」のドラマ版!
1936年、イギリス。激しい三角関係、恐るべき女家長、そして嫉妬と欺瞞が織りなす危険な罠。
アンジェリカ・ヒューストン主演のアガサ・クリスティー最新作!

●デビッド・スーシェと巡るアガサ・クリスティーの旅(全5話)
字幕版:12/21(日)夜7:15 一挙放送

名探偵ポワロを四半世紀にわたって演じたデビッド・スーシェが、アガサ・クリスティーがかつて訪れた南アフリカから始まるイギリスの自治領を巡る旅に出る。
各国のクリスティーゆかりの地を巡りながら、彼女の文学のインスピレーションの源を解き明かしていく全5話の紀行ドキュメンタリー!

●名探偵ポワロ(全70話)
二カ国語版:12/27(土)朝6:00~12/31(水) 一挙放送

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うりまる
海外ミステリー作品を中心に執筆しています。コージー・ミステリーからハードボイルドまでなんでもよく食べます。